図書館の契約
幻想郷――そこは妖怪と少数の人間が集うおかしな所
時に『桃源郷』やら『神隠しの先』などと呼ばれたりする所である
その幻想郷にある、一つの…紅い館の中のお話…
§
「はぁ…」
私は大きくため息を吐いた
静寂で満たされている、この図書館に物足りなさを感じて…
(…今日は来ないのかしら)
ふと気がつくと、そんな事を考えている私がいる
本を持って行かれることは、少々甚だしさを感じる
しかし、それを考慮しても、一緒に話をしているときは凄く嬉しいし、想うだけでもドキドキする
§
『今日も来たぜ、パチュリー』
『あ、来てくれたの
この間貸した魔導書、どうだった?』
『なかなか面白かったな、また何かあったら教えてくれよ』
すっと、魔理沙が近づいて…私の頬に手を伸ばす
『…な』
頬を撫で、優しい笑みを私に向け――
§
「……」
「パチュリー様、何か良いことでもありましたか?」
「えっ?」
思考を振り払い、目の前の司書…リトルを見る
私を見てクスクスと笑っている
「パチュリー様、何て声を出すのですか
…そんなに驚きましたか?」
「…まあ、そうね…うん、びっくりしたわ…」
上がった心拍数を必死で押さえ込みながら、私はリトルに言った
しかし、顔がほてっているのが自分でも解るくらい…、これでは言い訳にもならない
「パチュリー様、魔理沙さんの事を考えて居たのでしょう…違いますか?」
案の定、この図書館の常連になっている人物…そして、私がちょっと気にしている名前を、
リトルはニヤニヤ笑いながら言ってきた
…顔に出ていたのかしら、それは困る
否、恥ずかしい
「…そ、そうみえた?」
「パチュリー様、バレバレですよ
口元と頬が緩んでいますから」
「ぁ……」
見られていたと思うと、かなり恥ずかしい
落ち着きかけていた熱が再来する
「それで、パチュリー様にお渡しするモノがあります」
…それで?
この場合の『それ』とは、私の口元と頬が緩んでしまうものだろうか?
…と、言うことは…魔理沙関連の物…?
「ぱんぱかぱ〜ん
図書館における、利用上の注意についてまとめた契約書でーす」
「やけにハイテンションね…」
ちょっとと言うか、かなりついて行けない
「苦労したんですよ、この契約を交わすのに
どうぞ、パチュリー様の為に頑張ったんです」
リトルが差し出してきた物を受け取って、ざっと目を通す
『ヴアル魔法図書館利用規則
1、本は勝手に持って行かない
持ち出す場合は、所定の場所にて、しかるべき手続きにより一週間の貸出を認める
この規則に反した場合、直ちに本の強制返還を実行し、以後の貸出を禁じる』
…と言ったような規則が10項目並んでいる
規則に関しては、かなり緩い
けど、その分破った場合の比重が重くなっている
…と、肝心の契約者は――
「霧雨魔理沙……っ!?
しかも、マジックネーム付きじゃない!」
リトルを見上げる
にこにこと笑っているリトル
私は、その頭を撫でる事にした
「あ…あの…微妙に恥ずかしいのですが…」
リトルの懇願を、半ば無視して続ける
「凄いわリトル、一体どうやったの?」
「あ、そ…その…」
顔を赤くし、もじもじし始めるリトル
――って
「な、何をやったの…」
まさか――
まさかまさかまさかっ!
「大事なモノをあげたんじゃないでしょうね…」
違うと言ってほしい
「あうぅ…っ、ごめんなさいです」
「がふっ!?」
リトルの一言によって、私の精神は多大なダメージを受け、意識が闇へと堕ちていった
§
ざざーん、ざざーん
波の音が耳に響く
あれ…、私は図書館に居るはず…なのに、何故小波(さざなみ)の音が聞こえるのだろう
目を開け、回りを見渡す
白い砂浜、打ち寄せる波、青く澄み渡った空、さんさんと照り付ける太陽を遮る七色のパラソル
…海?
「おぉい、パチュリー起きてるか?」
その声にはっとして起き上がる
逆光で見えないが、この声は魔理沙だ
「え、ええ…起きてるわ」
とまどいつつ目をこらし見る、うん…やはり魔理…さ…
「どうしたパチュリー?」
ずいっと顔を寄せる魔理沙に、はっとして意識を戻す
「いえ、その…、その恰好…」
肌に密着した黒の…二つに別れた服を着ていた
よく見れば、魔理沙の体からはぽとぽとと雫が流れており、白いお腹がキラキラと光っていた
「ふふん、パチュリーも似合っているぜ」
言われ、自分の体に視線を落とす――起伏の少ない所は目をつぶって
私は白い服を着ていた
それに触れてみると、思った以上につるつるとしていた
「それにしても、パチュリーの肌は白くて綺麗でいいなぁ」
言いながら、魔理沙が横に座る
「白いのは魔理沙も同じ事なんだけど…」
「いつも私が黒の服を着ているから、その対比で白く見えるだけだ」
そんな事は無い、普通以上に綺麗だと思う
外で飛び回っているにも関わらず、その白さは白雪のよう…、その辺り…羨ましい
ついつい、じっと魅入ってしまう
「…気に…なるか?」
憂いを帯びた声が、魔理沙の口から漏れた
顔を上げると、正面には魔理沙の顔
その瞳に、私の顔が写り込んでいるのが見え、眼球の動き、まばたきさえも確認できる
魔理沙の吐息が私にかかった
「あ……」
魔理沙の顔がこんなにも近い所にある
顔に血が上り、頬が熱くなる
恥ずかしくなり、そっと視線を外す
「パチュリー…」
魔理沙の手が、私の手に重なる
びっくりして思わず引いてしまう
「大丈夫…安心…な」
「あ……、ま…魔理沙…」
魔理沙の顔が広がり、ピンク色の唇が近づく
思わず、私は目を閉じてその時を待った
§
「パチュリー様、パチュリー様っ!」
聞き覚えの有る声質に、私は目を開けた
「あ……」
「だ、大丈夫ですか?」
眼前に広がるは、小悪魔の顔
…と言うことは夢…だったのね
「はぁ…深刻なダメージよ」
違う意味で
「申し訳ありません
大事なモノって言うのは、私が持っていた本ですぅ
勘違いさせてすみませんでしたぁっ!」
…は? 本?
その本が、どんな本か知りたい所だけど
うん、アレじゃ無くて良かった…
「重要な事は、早く言いなさい」
床から置き上がる
「で、ですが…」
あたふたとするリトルを一瞥し、椅子に座り直す
「私が納得したんだから、これでこの話はお終いよ
いいわね?」
「え?
あ…、はい、わかりました…」
不思議な顔付きでリトルは頷き、失礼しますと離れて行った
ふぅと一息つこうと椅子に座ったはいいが、、体が水分を欲している
何時もなら、リトルに頼む所だけど、席を外して居ない
時計を見る…時間は晩御飯に近い
リビング…いや、調理室の方に行ってみようかしら、咲夜が居るかもしれない
私は微かな空気の流れに体を委ね、宙ヘ舞い上がると、図書館を出た
§
「あら、パチュリー様」
ドアから顔を出した私に気がつき、咲夜は包丁の動きを止めた
「忙しい所だと思うけど、紅茶を用意してくれるかしら?」
「ええ、わかりました
リビングでお待ち下さいませ」
「頼むわね」
にっこりと笑う咲夜を確認して、私はドアを締めると部屋に戻り椅子に座った
§
「ふぅ…」
息を吐いて体の力を抜く
「失礼しますね、パチュリー様」
私の前にはカップとソーサー、そしてポットが並べられ温かな湯気を立てている
カップを手に取り、一口つける
柔かな味と香りが口の中で広がる
「相変わらず仕事が早いわね、おいしいし」
「ありがとうございます
それが、私の売りですから」
咲夜が笑う
その笑みは、羨ましいくらいに輝いている
私もこんな風に笑えたらいいのに、上手に料理が出来れば良いのに
「晩御飯の準備がありますので…」
咲夜が一礼して去って行った
「…はぁ」
残った部屋の中で、私は大きくため息を吐き、目を閉じた
§
「今帰ったぜ」
「あ、おかえり魔理沙」
動かしていた包丁を止め、私は振り返って魔理沙を見た
「…服の汚れ具合いからすると、結構手間取ったのかしら?」
「まあな、面白かったんで、つい」
頭を掻きながら、魔理沙は苦笑した
「もう、何時も言っているでしょ
魔理沙の服は、繕うのも洗って乾かすのも大変なんだから」
「いやいや、申し訳ない」
「ほんとにそう思ってる?」
私は、少し上目で魔理沙を見た
「ああ、思ってる」
真剣な目で私を見つめてくれる
「…じゃあ、証拠…見せて…」
すっと目を閉じる
「ああ…」
そっと、魔理沙が私を抱き寄せてくれる感触
顔が近づく気配――
そして――
「ん…」
唇が触れた
§
「お…おい、パチュリー、起きてるか?」
その言葉使いと、雰囲気に、私の意識は瞬時に覚醒する
「ま、ま、魔理沙っ!?」
一体何時からそこに居たの?
と言う言葉は、あまりの驚きから紡ぐことは出来なかった
「いやまあ…、その…なんだ…」
珍しいと言うか、私は初めて見た
魔理沙が顔を赤くして、照れて頬を掻いているのを…
「どうしたのよ…」
「全部、口から出てた…セリフや描写」
「……」
…つまり、さっきの構想(妄想)は、全部筒抜け……
「あ…」
瞬時に顔が熱くなる
顔を上げる事が出来ない、魔理沙を見ることが出来ない
テーブルの上にあるカップを、手で弄りながら何と言えば言いのか探った
こんな時の対処法何て、本には書かれてない
「ぱ、パチュリー」
「な…、なに?」
言葉をかけられただけで、心拍数が跳ね上がる
「横…、行ってもいいか?」
「…うん」
近いようで遠い存在の魔理沙が、今、私の隣に座っている
夢じゃ無い、想像でも無い…事を願う
「「あのさ(ね)…」」
同時に言葉を発した
「ま、魔理沙から言って」
「ぱ、パチュリーから言ってくれ」
妙な沈黙
「…じゃあ、私が先に言うわ」
「ん」
意を決し、深呼吸をしてから、私は言った
「私は、魔理沙の事が好き…誰よりも、ずっと…ずっと好きなの」
「パチュリー…」
「返事を聞くのが恐い…
けど、魔理沙…答えて欲し……い!?」
魔理沙が、私を抱き寄せていた
ふわりと、甘い匂いが鼻をくすぐる
「私だけの思い込みじゃなくて良かった
パチュリー、私もお前が好きだ」
魔理沙の腕の中から、私は魔理沙の顔を見て――
自然と、私は目を閉じた
「ん…」
やわらかな感触と共に、こつっと、歯と歯が当たった
§
「魔理沙…離さないでね…」
「パチュリーも、離れていかないでくれよな…」
私たちは、同じ時を一緒に過ごして…歩んでいくことになるはず…
そうであって欲しい、そうあって欲しい
これはささやかだけど、大切な私の願いと想い
魔理沙の腕の中から、その顔を見る
魔理沙も私の目を見てくれる
「「永遠にね……」」
End